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部長に怒られたことを取り戻すべく、彩は再計算を慎重に行っていた。
「黒須ー!この経費のことでさー」
経理部に入るなり、慌ただしく大きな声で請求書をヒラヒラさせながら僕の前へ林真治がやってきた。
真治は、彩とは同期の男だ。
入社研修の時からおどおどして、どんくさい彩のことがずっと気がかりで、真治自身も6人兄弟の長男なのでとても面倒見がよく、何かと彩の世話をやいてくれている。
彩の元へ、わき目もふらずやってきた真治は、どこからか持ってきた椅子にドカッと座り、横に陣取ってにこやかに話しかけてきた。
「黒須ー、今日一段と猫背がひどい」
「猫背はいつも通りなのっ。もー、そんなの知ってるってば。ところで、今日はなに?」
「あっ、コレコレ。この経費のことなんだけど…」
「あー、これ経費で落とせないんじゃないかな。請求書はどれ?」
「んー、これ」
彩は、隣に座った真治の整った顔をチラッと見た。
(僕も、このくらいのカッコいい男だったら自信もって生活できてるのかな)
一瞬よぎった羨ましい思いを断ち切ろうと、横にブンブンとかぶりを振った。
「黒須なにやってんの?」
「あ、ごめんごめん。これ、こうしたら請求できるかも。あとでまた持ってきて」
「了解。あ、そうだ、今日金曜日だろ?暇か?」
「え?真治は、家に帰らなくていいの?みんな待ってるんじゃないの?」
「あー、あいつらはいいんだよ。ちびっこの面倒も高校生がみるだろ。まさか、黒須はデートとか?」
「な、ないない。僕のこと寂しい人間だとわかってて揶揄っているのか?」
「あはは。拗ねるなよー。じゃぁ、決まりな。また仕事終わりに迎えに来るわ」
真治は嵐のように経理部を出て行った。
真治が帰った途端、隣の席の巻き髪女子吉田さんが、僕の席に椅子を近づけてきた。
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