第一章  -癒えない傷口-

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「…………」  叶多がすがるような目で颯真を見る。颯真がそれを受け止めて大きく頷いた。 「ま…さと……?」 「そうだ」 「……ほんとにまさと……?」 「ああ、そうだ。まさとだ」 「……え? ちょっとまって、じゃあ、あれは……何?……夢……?」 「夢じゃない」  叶多の目がこぼれ落ちそうな程、大きく見開かれた。 「お前がまさとを助けたのは、現実に起こった出来事だ」 「ま……さ…か…………そんな……嘘だ」 「嘘じゃねえよ。だってお前の背中についてる傷はその証しなんだから」 「…………」  叶多がそっと自分の背中に手を回した。指が傷に触れた瞬間、走った痛みに眉を寄せる。 「傷が……ある。痛い……」 「だろう。その痛みが、あれが本当だったっていう証拠だ」 「…………」  叶多は現実感が湧かないような目で颯真を振り返った。 「にしてもお前、無茶しすぎ。こっちの寿命が縮まったぞ」 「ご……ごめん」 「でも、そんだけ無茶しても助けたかったんだよな。お前はまさとを」 「まさと……僕は、本当に正人を助けたの?」 「助けたんだよ。だからきっとお前の幼馴染みは生きてる。あの事故はなかったことになったんだから」 「なかったこと……に?」 「そうだ。事故も怪我も全部ノーカウント。あれはなかったことなんだ」 「…………」  なかったことに。  なかったことになった。  叶多はまだ信じられないのか、小さな小さな声で、そう繰り返しつぶやいた。
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