6人が本棚に入れています
本棚に追加
「颯真……?」
「叶多。お前本当に大丈夫か?」
「大丈夫って……なにが?」
「なにがっつーか、傷の治りも遅いし、元気もないし。ってか、だいたいなんで嬉しそうじゃねえんだよ」
「…………」
戸惑ったように叶多は首を傾げた。
「お前の様子見てると、なんかわざと傷の治りを遅くして、具合悪いままにしようっていうふうに見える」
「そんな器用なこと出来るわけないだろう?」
「……そうなんだけどさ」
呆れたように笑う叶多を見ても、颯真の不安は拭えないままだ。
「だったらなんでお前、そんなに不安そうなんだよ。お前はすっげーことをしたんだから、もっと喜んで安心して、幸せそうにしてなきゃおかしいじゃねえか」
「おかしい…かな」
「おかしいよ」
「……でも、僕はきっと今も自転車に乗れない」
「……え?」
なんのことだと、颯真がきょとんとすると、叶多はふっと自嘲気味な笑みを見せた。
「気付かなかった? 僕はここ一年、正人が亡くなってから一度も自転車に乗ってないんだ」
そういえば、と颯真は思い出した。
この寮にはちょっとした外出の際に使えるようにと、寮生なら誰でも利用できる自転車が数台設置されている。颯真はもちろん、結月も大和もみんな頻繁に使っているが、確かに叶多がその自転車に乗っているところは見たことがなかった。
ふだんの様子を見る限り、さすがに自転車に乗れないほどの運動音痴には見えなかったから不思議には思っていたが、理由を聞くのも野暮だと思い、特に気にしないようにしていた。
「それって、もしかしてあの事故の影響で?」
「……だね」
自分で起こした事故ではなかったとしても、やはりそういった嫌な記憶は心に刻まれ、トラウマになるのだろう。
颯真は安心させるように叶多に向かって微笑みかけた。
最初のコメントを投稿しよう!