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「でも、それは……」
「わかってる。今さら誰に言ってもどうしようもない。もう、事故はなかったことになったんだから。起こってもいない殺人は、誰にも裁くことは出来ない。誰も僕を責めない。でも、だったら僕の中にあるこの記憶はどうすればいいの?」
「…………」
「もう誰も僕の罪を覚えていない。正人のご両親も、正人の友人もみんな。でも、あるんだ。ここに。僕の記憶の中に。今でもある。消えてなんかいない」
「……叶多」
「僕は、どうして、こんなになってまで生きてるんだろう」
そうつぶやいて、叶多は膝を抱えた。
この世界から消えた正人の死。それなのに消えてくれない罪の記憶。
赦してほしい相手がその罪そのものを覚えていなければ、その罪自体が存在しないのであれば、もう誰も自分を赦してくれる者はいないのだ。
叶多の記憶の中にだけある罪。それは、それこそ永遠に消えることはないものになる。
なんという矛盾だろう。こんな方程式、誰も解くことなんか出来やしない。
あれほど望んだ正人の命。助けたかった命。後悔なんて決してしてはいない。
でも。それでも。
それでも、叶多はもう、誰からも赦されることはなく、叶多自身も、自分を赦そうとはしないのだ。
「ごめんね、颯真」
「なんで俺に謝るんだよ」
「だって、君、なんだかとても辛そうな目をしている」
叶多がそっと言った。
風が出てきたのか、部屋のカーテンがふわりと揺れた。そんな中、叶多は膝を抱えたまま、もう、颯真が向ける視線を受け止めようとはしなかった。
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