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「ええよ」
目を開けた。
驚いて顔を上げた。
「まだ、発売前でしょう」
かれん先生の新刊だった。
「それだけやないで」
荻原さんが、本を手にとって開いた。
サインと私へのメッセージが書いてある。
「めっちゃ、嬉しいやろ?」
「めっちゃ、嬉しい」
荻原さんが笑顔で耳の横に手のひらを添えた。眉毛を上げて催促してくる。
「優しいし、大好き」
満面の笑みもおまけした。
「ほんまに、修学院かれんが好きなんやな」
「うん、好きやで」
荻原さんが頬杖をついて目を細める。
「修学院かれんに会いたい?」
「うん、会いたい!」
やっと、会わせてもらえるらしい。あのかわいい声で名前を呼ばれたりするかもしれない。どんな服を着てるんだろう。踊り出したいくらい嬉しい。
「そんなに好きなんやったら、修学院かれんと親戚になるやろ」
「うん、なる」
笑顔で頷く。
荻原さんが立ち上がって「やった!」とガッツポーズをしている。
「ん?」
荻原さんが私のそばに来た。
抱きしめられる。
「え? 親戚……?」
なろうと思ってなれるものだった?
「絶対、幸せにする」
「そういうこと! えー、それは、ちょっと待って……」
「由香には、結婚式で会わせたるし」
さすがは切り札、それなら良いかなと思ってしまう。
「わかった。野々村小百合に二言はないわ。私の夢は長生きしたいと思い続けることやから、付き合ってもらうで」
「めっちゃ、嬉しい……」
荻原さんが泣き出してしまう。
心から、誰かを幸せにしたいと思えることこそが、人の幸せなのだと知る。
荻原さんの背中が震えている。
私はその背にそっと、手のひらをのせた。
〈了〉
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