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男は、鼻歌など口ずさみながら、上機嫌に最初の一歩を踏み出した。ところが、ふと足下に転がる小さな石ころに気が付き、またすぐに立ち止まる。
特に色や形が珍しいというわけでもなく、通行の妨げになるようなものでもなかったのだが、男にはどうしてもそれを見過ごすことができなかった。完璧とも言える素晴らしい朝の景色の中で、その石だけが、どこか場違いというか、異物のように不自然な存在感を放っていたのだ。
例えるなら、美しき絵画の隅にできた、一点のシミ。小さく些細なものには違いないが、ただそれだけで、全てが台無しにだってなってしまう。
男はしばらく石を見つめていたが、やはり我慢ができなくなった。そして何を思ったのか、唐突に、それを勢いよく蹴り飛ばす。普段ならそんな行儀の悪いことはしないのだが、何故だかその時は、そうしなければならないように感じたのだ。
いずれにせよ、石は遠くの方へと飛んで行き、姿を消した。それによって、そこには再び、完璧で素晴らしい朝の景色が戻ってくる。
男は満足した様子で、疑問を抱くことも忘れ、また鼻歌交じりに歩き出したのだった。
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