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男は途中、橋を渡る。緩やかな流れの大きな川に掛かる橋で、開けた景色に心地よい風が吹き抜けていた。いつもは自転車ですぐに駆け抜けてしまうところだが、今日はその景色をゆっくりと眺めることができる。
橋の中央辺りへ差し掛かった時のことだった。若い女が一人、欄干から身を乗り出すようにして、下方の川を熱心に覗き込んでいるのを見かける。
「下に何かあるんですか?」
気になった男が声をかけると、女は驚いた様子で振り返った。
「いえ、あの、そういうわけでは……」
どこかバツが悪そうにまごつき、挙動不審な女。男が不思議そうに様子をうかがっていると、不意に突風が吹いて、女のかぶっていた帽子が飛ばされた。
「……あっ!」
咄嗟に手を伸ばした二人だったが、帽子はすり抜けるようにして風に運ばれていく。その上、女は手を伸ばした拍子に、持っていたバッグまで落として、ひっくり返してしまった。中身は歩道の上に散らばり、目も当てられない状態。
慌ててしゃがみ込んで荷物をかき集める女に、男も一緒になって手を貸した。すると、荷物の中の、一冊の本に目が留まる。
「おや、あなたもこの本を読んでいるんですか?」
「……え、あなたも?」
「ええ、大好きなんです。素敵な物語ですよね」
「そう……ですね。私も好きです。この本には何度救われたことか……」
「分かります。悲しいことや苦しいことも乗り越えて、前へ進む勇気や希望を与えてくれますよね」
男が言うと、女は初めて笑みを見せ、静かに頷いた。
それがきっかけとなり、二人は本の話題ですっかり意気投合する。そして、楽しげに会話をしながら、仲良く並んで歩き始めた。
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