第1章

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慣れない都会の暮らし。偽造IDゆえの不便。田舎者には各種保険と信販がリンクしたIDクレジットは複雑で理解不能。防疫軍との契約金が入るまでは赤字続きだった。それすら送金してしまえば、装備は中古支給品の最低ランク。入隊してからも苦労は絶えない。生き延びるのが精一杯。それは今も当時も変わらない。酒と煙草だけが唯一の愉しみだ。 ルルイエから出現したクトウルーはあっさりアフリカを呑み込んだ。砂漠は密林と化し、限界値を迎えつつあった二酸化炭素濃度を急激に低下させた。当時の先進諸国はどこもニンマリしたに違いなかった。人道支援難民保護。対岸の火事を眺める気分だったに違いない。そのためだったろうか、対応は遅れに遅れた。幻獣の侵攻が中央アジアから南欧へと拡大。気づいた時にはヨーロッパは難民で溢れかえり経済は破綻が続いた。デフォルトの嵐。国体解体。ユーロ圏は壊滅状態に陥った。煽りを食った中国は内戦状態に陥り、三つに分断。 足並みの揃わない国連は加盟国をどんどん減らしたが、戦線から最も遠かった筈のオーストラリアが蹂躙された時点でようやく重い腰を上げた。認識したのだ。これが人類存亡の危機であると。「表向き」無人となったヨーロッパには限定的ながら最終手段たる核が投入された。だが遅かった。すでに中南米はおろか、北米にまで侵攻は進んでいた。国土を蹂躙した最終兵器も、圧倒的な繁殖力には無力だった。 大国だったアメリカですら分断統合を繰り返した。 植生北限を盾にしたカナダシベリアンアメリカ連邦。いち早く要塞化した東部ネオアメリア。海上コロニーに富裕層を吸収した南西フロリダ独立自治区。最終的に落ち着いたのはその三つだ。それだって今は存在しない。 世情は混乱を極めた。歪んだ地軸が更なる気候変動を招き、政治と経済の混乱は加速する一方だった。 難民たちは安全を求めて植生北限を目指し、権力者と富裕層は宇宙を目指した。空っぽになった国は貧困層に呑み込まれ、新しい秩序が生まれては滅んだ。ブラックマンデーどころじゃない。ロストワールド・失われた世界――失われた世紀と後に呼ばれた時代である。 文字どおり人類は楽園を逐われた。アダムとイヴは生態系の頂点から陥落し、繁栄の時代は終わりを告げたのだ。
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