第1章

12/23
前へ
/23ページ
次へ
「この先、崩落してるみたいっすね」先行するもうひとりが振り返った。天井にはヒビ割れ。滑らかだった床には細かな瓦礫が増えている。ほら見ろ。楽観するのはまだ早い。「最悪、線路に降りるしかないかも」 俺は黙って頷いた。だが、砲撃が始まる前に深い坑内に降りた方が賢明なのかもしれなかった。俺達はフロア二つ分しか降りていない。しかし、坑内に降りればカートを担がなければならない。その分移動は遅くなる。「揺れるぞ」大丈夫か? 俺は怪我人に尋ねた。 弱々しいが親指を立ててサムアップ。「今ならなんとか」無茶すんならモルヒネがきいてるうちにってことか。 俺は即断した。「よし、行こう」次の駅で坑内に降りる。全員のヘッドセットが頷いて、互いの面帯を暗闇に反射させた。 ――3 地図と標識を照らしあわせ、無人の改札を抜ける。さらに2フロア下がった。長く深い階段。まるでダンジョンの入り口だ。カートを担ぐ二人はそう言って笑った。よせよ、縁起が悪過ぎる。先行する俺は、ライフルを握り締めた。ゲーム気分では生き残れない。 日の入り時刻は過ぎているはずなのに、支援砲撃は始まっていない。不正アクセスがバレたのかもしれなかった。俺は時計の針が気になって仕方がない。長針の動きはあまりに緩慢。緊張が時間を引き伸ばしているのだろうか。大丈夫。ここまで潜れば生き埋めになっても死にはしない。食料も酒もある。 崩落はごく浅い層でしか起きていないようだった。老朽化というよりは、過去の戦闘被害が年月を経て拡大したという印象。地下鉄坑内は綺麗なものだ。俺は知らなかったのだが、路線沿いには狭いながらも歩道が敷設されていた。軌道整備のためだ。これは嬉しい誤算。カートを担がなくて済む。ガラガラと車輪はうるさいが、消耗しきった俺達にはとにかく有り難い。 歩きながらボトルを回し、失敬したビーフジャーキーをかじった。うるさいカートの音も、馴れれば変にリズミカル。暗がりを進む心細さを忘れさせた。まるで行進曲のように響く。俺達はおもちゃの兵隊。 残念ながらマーチングは長くは続かなかなった。カートの上のリトルヒーローが突然うめき出す。どうした。ビーフジャーキーでも詰まらせたか。振り返った俺に怪我人がヘッドセットを指さす。「く、空気」後は言葉にならない。俺はヘッドセットの表示を確認。馬鹿な。エアコンディションが異常な値を示している。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加