第1章

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未知の脅威。失われた世界から蘇った生態系。ファンタジーワールドのような怪物たち。魔法のような攻撃力。強力な体組成。或いは本物の神々が復活したのかもしれない。人々は暗黒神話を想起した。ラヴクラフトの怪奇小説――クトウルー神話をだ。あれは予言の書ではなかったか。恐るべきことに、復活した古代都市はやがて本当に浮上したのである。浮遊する大地。空中神殿の如く。いつしか人々は古代都市をルルイエと呼称するようになった。そして未知の脅威をクトウルーと名づけたのである。 地下茎によって増殖する生態は植物的だが、孵化すれば動物のように動きまわる。体内で弾薬を生成し撃ち放ち、生体レーザーや荷電粒子砲並の火力を顕現する様は魔法を通り越して超近代兵器――機械的であるとさえ云える。そしてその骸からは新たな植生と地下茎を産みだすのだ。恐るべき速度と無限の繁殖力。 増殖する巨大植生。クトウルー圏内では酸素濃度が異常に高くなる。そのためのヘッドセットであり呼気循環である。外せばあっという間に酸素酔いで動けなくなる。だが、リトルヒーローにとっては好都合だ。肺をひとつ失ってしまったのだから。心配なのは失血だけだ。俺はレスキューパックからモルヒネを取り出して奴の左肩に打ち込んだ。これでショック死も防げる。しかし不味いことになったな。俺は左腕のハミルトンを覗きこんだ。まもなく砲撃開始の時刻。残りは1ブロックだが、迂回しまくったせいで道がよく判らない。下手すりゃ生き埋めだ。 「腹が減ったな」唐突だが俺は腹をくくった。幸い、ここは便所だ。しかも地下ときてる。柱が多く構造上は最も強固な筈だ。砲撃をやり過ごすには悪くない。「食品売場を見てこいよ。膨れてない缶詰かインスタントならいけるはずだぜ」あと、ミネラルウォーターと酒があればそれもな。俺は腰抜け二等兵に指示を出した。お互い下っ端歩兵だろうが、命の恩人だぜ? 軍曹にでもなった気分で恩を売る。遠慮なく。 「ででで、でも」二人は尻込み。肩越しに背後を伺う素振りだ。ヘッドセットの暗視機能は周囲をグリーンに染める。慣れなければ確かに薄気味悪い。 「そ、そろそろ砲撃が」「いいい、生き埋めになっちゃうんじゃ」しょうがねーだろが。誰のせいだと思ってんだ。砲撃要請した張本人は棚に登って知らんぷり、だ。
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