第1章

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「早く行け。酒を探すの忘れんなよ」俺は背中を向けた。煙草が恋しいがヘッドセットは外せない。「末期のナントカだからよ」二人は眼を丸くしたが、こわごわと個室を後にする。ざまーみろ。会心の一撃。クリティカルヒット。俺は八つ当たり的に溜飲を下げて大満足。不安はあるが足掻いたところで致し方なし、だ。 モルヒネがきいたのか、リトルヒーローの呼吸が穏やかになっていくのが分かる。暗闇の個室は静まり返った。俺は個室から出て鏡の前に腰をおろした。疲れた。今日だけで何回死にかけただろう。できればこのまま眠ってしまいたい。 ――2 まどろみかけた俺を、ブーツの足音が叩き起こした。二等兵二人だ。早かったな。にしてもここは敵地のど真ん中。建物の中とはいえ、ベタ足で駆けて来るんじゃねーよ。俺は顔を上げてドアが開くのを待った。 「あ、あの」二人は空身だった。なんだよ、酒はどーした。財布を忘れたとかぬかすなよ。俺は顔をしかめた。「こっち」こっちの不機嫌にはお構いなし。腰抜け二等兵は揃ったジェスチャーで外を指さす。 「飯はどーした」ちっ。あからさまな舌打ちにも、二人は動じなかった。「い、いや。地下街の入口を見つけたもんで」「このままじゃ、アイツ死んじまうし」なるほど。仲間想いなこった。って地下街? 俺はライフルを支えに立ち上がった。二人が外へと先導する。 「デパ地下と地下街がそのまま繋がってるんすよ」ミニライトが柱の地図を照らし出している。どうやらここは街の中心部。地下鉄が三つも交差しているらしい。東西線と南北線が二本。運河をくぐって街の外へ向かうライン。ひと駅離れたオフィス街には別のラインが交差する。地下街は広く深く掘り下げられ、各線を繋ぎ合わせているようだった。 「うまいぞ」GPSと衛星マップじゃ判らなかったが、地下を抜ければメインターミナルである駅ビルに真っ直ぐだ。砲撃の嵐も回避できる。逃げるのに夢中で気づかなかったぜ。俺は踵を返して食品売場へ向かった。二人は相変わらずのベタ足で俺に続く。 「あ、あの。逃げねーんすか」缶詰瓶詰め乾物。酒と飲料ペットボトル。売り場を駆け抜け、凄まじい速度で積み上げる俺に、二人は訝しげに尋ねた。
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