第1章

9/23
前へ
/23ページ
次へ
「後はキッチンタオルとラップ。アルミホイルもだな」止血に使える。俺は二人に向かって言った。「お前らがアイツを担いでくってんなら止めねーけどな。寝具売場行ってクッションになりそうなもんかっぱらってこいよ」俺はもう担がねーぞ。 「な、なるほど」ショッピングカートを担架代わりに使えば、移動はもっと楽になる。怪我人もこっちもだ。階段はあるが三人なら御輿を担ぐのも楽ちんだろう。酒と食い物はついでみたいなもんだ。「急げよ。クッションになりそうならなんでもいい」 キッチンタオルで止血を施し、調理ラップで固定する。ポリプの触手はすでに死んでいて、枯木のような杭にかわっていた。失血して下がった体温を維持するため、怪我人はアルミホイルでグルグル巻き。 「準備できました」二人がカートを推してくる。カゴの上には折りたたんだ布団と毛布。「よし、行こう」リトルヒーローを乗せて出発だ。俺はカートからジムビームを取り出して一口。どうやら当時物の本物らしい。 今なら超・お宝プレミアムの貴重品だ。ヘッドセットをずらして唇を湿らせる。食道を灼く熱い塊。胃の腑はすぐさま燃え上がり、萎えきった気力を取り戻す。ほんの少し。今はこれでいい。暗闇を進むだけの勇気。それ以上は必要ない。 「飲み過ぎんなよ」当たり前だが。俺は二人にボトルをまわす。カートの怪我人にはミネラルウォーターだ。アルコールは血流を促す。あいにくだが我慢して貰うしかない。 タイル貼りの床は平坦で、カートは滑らかに進んだ。無人の地下街に、錆びた車輪とベタ足二等兵のソールが音を刻む。砲撃は始まっていない。 「あんまり略奪のあとがないな」理路整然とは言わないが、避難退避はスムーズだったらしい。「ま、南アジアっすからね。中東戦線崩壊からは時間があったんでしょ」二等兵がボトルを傾けながら応えた。 どうやら俺よりは真面目な学生時代を送ったらしい。マツシロじゃ歴史の単位はギリギリだったっけ。俺は悲惨なハイスクール生活を思い出した。祖父の死後、みなしご仲間の生活費と村の現金収入のため、俺は贋のIDで売り払われたのだ。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加