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春の雨の匂いを含んだ生温い夜風が、耳の傍を煩く通り過ぎる。
落ち着きを取り戻せない心臓のせいで、無意識に士朗の腰にしがみ付いた両手に力が籠ってしまう。
「ちょっと道悪ぃから、尻痛ぇかもしんねぇけど我慢な」
「あ、ん……」
「聞いてっかぁ?」
「っ! 聞いてるよ!」
人が羨む様な容姿、その上頭も良くて、人当たりも良いなんて……どこかに悪癖があるに違いない。
清水は非の打ちどころの無さそうな士朗に、そんな事を思いながらも、惹かれてしまう自分を無視出来ない。
そもそも昔からちょっと悪そうな男を好きになる所がある。
自分にはない所に憧れを抱くのか、清水が中二の時にした最後の恋の相手もそんな感じだった。
見た目は品行方正な優しい先輩だったのに、蓋を開けてみたら諸悪の根源はその先輩だった。
人を見る目がないと言えば、それに尽きる。
でも、好きになってしまったら見えなくなる事からは逃れられない。
だからもう、清水は誰の事も好きにならないと決めていた。
彼氏が欲しい。親友も欲しい。キスをして、セックスをして、手を繋いでみたい。
あの呪いの書に書き連ねた当たり前の事を放棄して守っているのは、常識とか親の面子とか、自分にとってはどうでも良いものだったりするのが、悲しい所だ。
「よっと、ホレ、着いたぜ」
「ここ……公園前の団地……?」
「そうそ、ここが俺んち。尻、痛くねぇ?」
「あ、うん……平気」
「黒川、こっち」
「……え、あ、うん」
名前――――何で知ってるんだろう?
真田さんに聞いたのかな。
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