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狭いセメントの階段を上がって、二階の角部屋の前に辿り着くとそこには“巽”の表札があった。
「黒川、ちょっと待っててな」
「あ、うん……」
「ただいまぁ」
扉を開けて玄関に放置された清水は、大人しくそこで待つ。
夕飯の匂いと、テレビから漏れ聞こえる音。
甘い醤油の匂いは、肉じゃがか魚の煮つけか……空腹だった清水の腹の虫がぐぅと鳴る。
そこには狭い団地の一室ならではの生活音と、家族の気配があった。
「ねぇ、昨日言ってあったハンカチどこだよ?」
「あぁ? そこの箪笥の上にない? って言うか、晴寝てんだからもう少し静かにって……お前、誰か連れて来たの?」
「あぁ? ハンカチ返そうと思ってよ。つーか何処だよ? ねぇんだけど?」
「えぇっ!? 何々、嘘っ! お前が家に人連れて来るとか! 友達? 友達になったの?」
「ちっげーよ! つーか、お前の方がうるせぇよ! キリ!」
キリ? 清水はその聞き覚えのある呼び名に一瞬首を傾げた。
あぁ、伊勢谷先生か。
と次の瞬間には思い当たったのだが、伊勢谷先生が巽先生の家にいる道理が良く分からない。
「おにーたん、だぁれ?」
玄関の薄暗い中にぼうっと立っていた清水は、足元から聞こえる子供の声に一瞬ビクリと身を引いた。
寝間着を着た幼児がそこに立っていて、額には熱を冷ますシートが張ってあり、眠そうに眼を擦っている。
「えと、あの……」
き、気付かなかった……。
気配なかったぞ。って言うか、伊勢谷先生に気を取られ過ぎた。
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