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「あ……わりぃ、手が滑ったわ」
「……もう、良いや。帰る」
「ごめんって、なぁ、怒んなよ……」
「もう良いってばっ! 触んなっ!」
掴みかかられた肩に置かれた手を振り払うと、男は眉尻を下げて「悪かった」と困惑したような顔をして見せた。
そして徐に上着を脱いで投げてよこす。
「ソレ、持ってて。帰んなよ?」
「え、は? 何?」
「取ってくっから、そこで待ってろ」
「は? いや、無理っ……」
バシャンと盛大に飛び込んだ男は、ヘドロで汚れきった池の中へと躊躇いもなく潜ってしまう。
呆気に取られて身動きすら取れない清水の脳内は、情報処理しようと忙しなく動いている割に、今取るべき行動が良く分からない。
普通飛び込まないだろ。こんなきったない池に、制服で、しかも躊躇いなく――。
「ちょ、ねぇ! もう、良いからっ!」
「あー? 聞こえねぇ? 何だって?」
清水はマスクをしている事に気付いて、それを指でズラしもう一度叫んだ。
「もう良いって言ったんだ! 風邪でもひいたらどう……すんのっ!」
「ははっ、そんなヤワじゃねぇよ」
暫くすると藻に引っ掛かっていたノートを持ってびっしゃり濡れた彼が戻って来た。
水も滴る……何とやら。
長い指で前髪を掻き上げる様は、それだけで絵になっていた。
男は、細身だけれどガッシリした体形をしていて顔も整っている。
額は広いのに彫が深くて瞼が狭く、目尻が少し下がっているせいでイタリア人のモデルみたいだが、髭も無ければ肌が東洋人らしい色白で、前髪が長いせいで良く見えてなかったけれどかなりの美形だ。
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