第一章

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「ごめんな、これ……もうダメかな?」 「良いって言ったのに……」 「うんでも、大事なもんなんだろ? 好きなヤツに返し……返せねぇか……」  水草塗れの濡れそぼった呪文の書は、もう何の効力も発揮しないただのガラクタに成り果てていた。  そもそも何一つ叶わない戯言の羅列だった。それを指折り数えて、自分はこんなにやりたい事があるのに、何も出来ないと言うことを確認する為の呪いの書。 「受け取らねぇの? 俺も別にいらねぇけど……」 「あ、ごめん。ありがとう」 「へっぐしゅっ!」 「あっ、えっと……ハンカチ、はいこれ」 「良いよ、家すぐそこだし。ハンカチ持ち歩いてる高校男子とか、初めて見たわ」 「う、煩いな! 持たされるんだよ!」 「へぇ?」 「良いから、これ! それじゃ!」  持っていたハンカチを押し付けて清水は踵を返した。  もう二度と会うこともないだろうけど、名前くらい聞いておけば良かっただろうか。  心臓が逸るのは、彼が心臓に悪い事を躊躇いなくやったせいだ。  どうせゲイだとバレたら喋る事すら出来なくなるし、見た目が綺麗なヤツほど信用ならない。  人に恵まれている奴は、すぐ人を無暗に蔑ろにする。  金に恵まれている奴は、すぐ人を無意味に淘汰する。  もう誰も好きにならないと決めたじゃないか。  清水は足早に塾へと戻る道すがら、ズラしたマスクをかけ直して居直った。  清水は昔から女みたいな顔だと言われていた。  大きな眸に長い睫毛、丸い輪郭がより一層童顔に拍車をかけ、そのお蔭でチヤホヤされた時期もあったが、清水はその顔のお蔭で中学二年の時に酷い目に遭う事になり、自分の顔が嫌いだった。  だからメガネもより印象の強いフレームが太目の物を選ぶようになったし、花粉症の振りして外じゃ殆どマスクを付けて歩く。  俯きがちに歩いて、出来るだけ存在自体を消してしまえたら良い。  でも何で、こんなにも動悸が治まらないんだろう――――。
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