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「ぼ、僕はここに通ってるだけで……き、君の声がしたから……」
「あぁ、今日だけな。キリが手が離せないって言うから仕方なく、な」
「キリ……?」
「あぁ、えっと……あいつ苗字何だっけ? 伊勢……」
「伊勢谷先生、何かあったの?」
「あぁ、そうそう伊勢谷。いやまぁ、家族に病人出て、看病が必要で……」
「そっか」
「あんた今から? 俺今日、ハンカチ持って来てねぇんだけど……」
「あ、良いよ、別に返さなくても」
「そんなわけにはいかねぇだろ。待っててやるから終わったらちょっと家に寄って帰れよ」
「いや、良いよっ! そ、そんな待っててくれなくても……」
「だって待ってないとお前、俺の家知んねぇだろ」
「それはそうだ……けど……」
「門限あるとか?」
「な、ないっ……けどっ……」
「んじゃ良いじゃん。俺もどうやって返そうかと思ってたから。早めに会えて良かったわ」
気安い。
人懐っこいとはまた別の、誰にでもこうなんだろうと思わせる士朗の振る舞いは、皆に平等で皆に興味がない。そんな事を思わせる。
正しい事をしているだけで、士朗はこちらに全く気がない。
清水はこの男を好きになってはいけないと、直感した。
人を惹き付ける癖に自分は受け取りもせずに置いて行く。
顔の良いヤツは恵まれているから、誰にも執着しないのだ。
「分かった」
早くハンカチを返して貰って、この男との縁を切ってしまおう。
そうすればまた、いつもの一人に戻れる。
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