第一章

1/27
177人が本棚に入れています
本棚に追加
/444ページ

第一章

 あの頃、青い春の熱病に犯されていた。  それはとても冷たくて脆い、それでいてキラキラと美しい薄氷の様な恋をした。  高校受験の日に、廃校舎の屋上から落っこちた生徒がいた。  自宅に帰ってそのニュースを見た時、黒川清水(くろかわきよみ)は小さく呟く。  ――――羨ましい。  やっと受験の地獄から抜け出せたとしても、次は大学受験が待っている。  やりたい事なんて何一つ出来なくて、もう何年もそれを書き溜めていた。  したい、したい、したい、ほしい、ほしい、ほしい。  そんなんばっかり書き溜めたノートは、オリエンタルブルーのアンティークレザーの装丁に古びた金細工を施してある。  この世がファンタジーなら魔法書の様な見た目だが、中身はまるで呪いの書だ。  良い高校、良い大学、良い会社、良い大人。  そんな見た事もないモノになる為に夢や願望をすり減らして、毎日毎日冬場の使われてないプールの中をもがいている様な気分になる。  そしてその呪いの書をウッカリ公園のベンチに置き忘れた。  清水は名前が書いてあるわけでもないし、もうどうでも良いかと思ったが、それを失くしてしまったら本当に何も無くなってしまう様な錯覚を起こして、引き返す。  昨日の晩にあまり眠れてなかったのが災いして、塾の時間まで公園で時間潰したのがいけなかった。  春らしくなってきた三月の夕方、池の水面の上を踊る光の粒を眺めていたら、転寝こいてしまったのだ。  池に面した古いベンチまで戻ってみると、そこには名前さえ書ければ入れると言う噂の学校の黒い学ランを着た悪そうな男が呪いの書を広げて見ている。
/444ページ

最初のコメントを投稿しよう!