もしも最愛のあなたとの約束を守ったとしたら

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* 「准一さん、病院連れてってください」  夏帆が言った。  ついに来たかと思った。 「この本、四冊目でした。私おかしいみたいです」  夏帆は料理本を三冊テーブルに並べ、鞄から今日買ってきたばかりの本を取り出す。計四冊、全て同じ本だった。  進行を抑える薬を処方してもらった。  根本的な治療法は未だにない。そんなことは医者から説明されるまでもなく、おれも夏帆もわかっていた。伊達に医療系学部を出てはいない。 「こんなことになっちゃってすみません。てか今までも色々やらかしてたんじゃないですか? 私が気づいてなかっただけで」  夏帆が布団の中で言った。 「いや? 夏帆はちゃんと夏帆だった」  開けてくれた布団の左側に潜り込む。付き合い始めのころから、おれたちは一緒の布団で寝ていた。  夏帆がおれの右腕に触れた。 「……ごめんなさい」  夏帆が謝ることじゃない。 「今まで当たり前にできてたことが段々できなくなると思います。迷惑もかけると思います。どっかにふらっと行っちゃうかもしれません」  徐々に嗚咽混じりになっていく。  そんなこと、とっくに全部考えた。 「それでも、准一さんは私を……」 「愛してるに決まってるだろ」 「だって!!!」  夏帆はおれの右腕を掴んで叫んだ。 「私はあなたのことを忘れちゃう! あなたと一緒にいた時間を忘れちゃう!! あなたに愛されてたことを忘れちゃう!!!」 「それでもおれが夏帆を愛してる!」 「私が忘れたくないの! 怖いの! 私が私じゃなくなってしまうのが怖い。あなたのことを好きになって、あなたに愛されてるなぁって実感して、あなたを忘れたくないって叫んでる私は、今ここにいる私は!どこに行くの!?」 「夏帆はどこにも行かない! 夏帆は夏帆だ。おれもどこにも行かない。約束しただろ!」  約束したんだ。  遥か昔。夏帆がまだ学生だった時代――。
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