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夏帆が卒業するのを待ってから、おれたちは結婚した。
プロポーズの言葉はもちろん、
「結婚しよ?」
「えー、どうしよっかな。画数増えるもんなー」
確かに斉藤から齋藤はだいぶ違う。
「遠距離ですし」
夏帆は化粧品メーカーの研究員として働くことが決まっていた。おれの職場からは新幹線の距離の県だった。夏帆は前からずっと、結婚するからには一緒に住みたいと言っていた。
「まあいいや。これ以上待たせると齋藤さんハゲそうだし。下の中の顔が下の下になる前に特別サービスで結婚してあげます。大事にしてくださいね」
結婚式に来てくれた夏帆の友人たちを見て、いかに夏帆が周囲の人々から愛されているのかを実感した。
「書道部の母」の異名を持ち、夏帆が全幅の信頼を置いているという森本君は、若草色の着物の上品な装いだった。書道部の後輩で夏帆の彼女という設定の祥子さんが受け取る寸前だったブーケを、森本くんはその背丈を活かして掠め取っていた。「わたしだって幸せになるの!」と、少し低い声で高らかに宣言していた。
もう一人の夏帆の彼女桃香さんは「夏帆さんが男に取られたー!」とわんわん泣き真似をして抱きついていた。夏帆は「結婚しても私はももちゃんを愛してるからね」と背中をぽんぽんしてあげていた。
「准一さん、夏帆をよろしくね。好き嫌い多くて頑固なところあるけど、素敵な女性だから」
森本君が挨拶に来てくれた。
「夏帆さん泣かせたらぶっ飛ばしますからね」
と、祥子さん。
「はー、なんでこんなポンコツと結婚することにしたんだろ。背は低いし下の中だし将来ハゲるし」
夏帆は大げさに演技がかったやれやれ口調で言った。
「夏帆さんこう言ってますけど、ちゃんと准一さんのこと好きですからね」
桃香さんのフォローが身にしみる。
「好きじゃないもん。仕方なくだもん」
夏帆は頬を膨らませ、周りはみんな笑顔になった。
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