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正直この男を我が家に連れ込んできたときの記憶は私の中にない。
仕事で嫌なことがありすぎて飲んだくれて、次の日二日酔いで頭ガンガンしながら目を覚ますと、隣に見知らぬ男が寝そべっていたのだ。
その男曰く、行き場が無い彼を、酔っ払った私が捨て犬よろしく拾ったらしい。
全く憶えがない。
勿論最初は追い出そうとした。
警察に通報すると脅したりもした。
しかしまぁ、なんやかんやと絆されてずるずると同居を許してしまっている。
この私の強く言えないところが仕事で不満をため込んでしまう原因なのだろうと分かってはいるのだけども。
男の名前はクロ。
犬みたいでいいでしょ、と本人が言っていた。
私本人、別に本名なんてどうでもよかったから、ずっとクロ、と呼んでいる。
背が高くて猫背で高圧的なクロは、耳にじゃらじゃらとピアスを何個もあけていて、目の下にはがっつりとクマができている。
正直危ない人にしか見えない。
それでも通報しなかったのは、手首に傷があったからだ。
八月中旬だというのに、まるでその傷を隠すように長そでを着ていた。
所謂リストカット、というもので、あぁ、この人もつらい思いしてきたのかな、なんて同情してしまったのだ。
「あー、これ?
うんうん、リスカ。
痛みってさ、生きてるって感じして良いよね。
隠してるのはねー、ほら、この傷見たら同情しちゃうでしょ。
俺、同情されるの嫌いなんだよね、蔑まれたい。」
真顔でそう宣うクロに、私は同情なんて感情を捨てた。
なんだコイツ、とゴミを見るような目で睨みつけると悦び、無視を決め込んでも放置プレイだと悦ぶ。
どうしようもない、ある意味すごくポジティブなこの男は、今では私の愚痴を聞いてくれる同居人だ。
決してやましい関係ではない。
こんな身元の知れない、性癖拗れてる男なんて、彼氏いない歴●年の私でもお断りだ。
お酒も煙草もやらないと聞いたときは、ちょっと見直したのだけど。
「お酒よりキモチヨクなれること知ってるし、煙草の火を押し付けられるのは好きだし、副流煙吹きかけられるのも好きだけど、自分でやると虚しいからやらない。」
そう聞いたときに、私はもう一生コイツに、まともな理由を求めることは難しいのだと悟った。
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