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しかしまぁ、そういうことは上手くいかないものである。
お食事の誘いに浮かれ気分の私は、女同僚の私語にも仕事放棄も爽やかに受け流していた。
ついに就業時間がせまり、「斎藤さん」と松本さんに声をかけられた時には、本当に心からの笑顔でハイって返事した。
廊下に呼び出されて、何食べたい?松本さんのおススメに連れて行ってください・・・なんて会話を妄想しながら松本さんが口を開くのを待っていた。
「斎藤さん、この書類、明日までに直してくれない?」
「私好き嫌いはないん・・・はい?」
「この書類!」
バサリと胸に渡されたのは顧客の書類だった。
「これ、間違いだらけだ!」
「で、でも、報告書通りにまとめて・・・」
「俺の報告書が間違いだったって言いたいのか!?」
今までに見たことの無いようなおっかない顔をして松本さんは声を張り上げる。
「とりあえず、明日までに完璧にしてこい!
俺の顔に泥を塗るなよ、今日の食事は無しだ!」
ぴしゃりと言い締めて、松本さんが身を翻し、オフィスに戻っていく。
食事のお誘いがどうとか松本さんの無茶難題とか、そういうのよりも、仕事ができて頼れて優しい上司の松本さんの、今までのイメージがガラガラと音を立てて崩れていくことにショックを覚えた。
(結局私は都合の良い女扱いなんだ・・・)
もやもやとした想いを抱えたまま、報告書を洗い直すが間違いなど見当たらない。
しょうがない、と過去の書類を引っ張り出したり、顧客のホームページを漁ったりしてみるが、どうも正解に辿り着けない。
女同僚も帰ってしまったし、周りの皆も次々に帰宅していく。
松本さんもいつの間にか帰っていた。
どうしようもないと、カバンに書類を突っ込んで暗い帰路をとぼとぼと歩く。
駅近くのおしゃれなレストランが別次元みたいにキラキラ輝いていて、本当だったら私はこんなところに松本さんときてたのかなぁなんて思ったりする。
(あ・・・・・。)
レストランから出てきた、カップル。
男が女の腰を抱き、女はその男にしなだれかかって幸せそうに笑っていた。
(まつもと、さん・・・・・・?)
その男は、今日私を食事に誘って裏切った、松本さん本人であった。
松本さんの、大好きだったあの爽やかな笑顔がとても憎らしく思えた。
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