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もう何度目か、妻のからだにちからが込められ、首に回された手が私のからだに爪をたてる。それは鎖骨に喰い込み、鋭い痛みをもたらしたけれど、こんなもの。この程度のものなんて。
「おかあさん、頭見えてきましたよ」
「ああ!」
思わず、大きな声を洩らしたのは私だった。
「がんばれ、頭だ! 頭が見えてるぞ」
妻は何度も頷き、私と目を合わせると、いつものあの表情で笑った。がんばるね、と小さな声で呟く。きみはもう、じゅうぶん頑張っているじゃないか。それでも私は、ああ、と頷いて、がんばれ、と言う。なにもできない夫でごめん。こんなにうろたえてしまう父親でごめん。ごめんな、がんばれ、がんばれ。
「おとうさん、見てみますか」
妻の出産を手伝う助産師が、私に投げかける。
「赤ちゃんの頭、見えますよ。がんばっていますよ」
呆然とする私に、妻は、見てきて、と言う。
「ここからじゃ、私は見えないから、しょうちゃん、見てきて」
私は立ち上がり、恐る恐る、その間を覗く。あ、と声が出た。頭だ。黒々と湿った髪の毛が見える。確かに、そこにいるのだ。私と妻の、愛する我が子が、必死に生まれ出ようとしているのだ。
「がんばれ!」
私は叫んだ。何度も叫んだ。
「がんばれ! がんばれ! がんばれ! ああ、もうすぐだぞ、がんばれ、真利亜、がんばれ!」
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