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私はついに泣き出して、妻の手を握りしめ、がんばれ、がんばれ、と繰り返した。もうすぐだぞ、もうすぐ会えるぞ、がんばれ、がんばれ。
「おかあさん、ゆっくり! ゆっくりいきみましょう」
助産師が、ただしい呼吸を促す。汗をびっしょりとかき、真剣で冷静な眼差しで見守り、白衣は妻のものだと思われる体液で汚れていた。本来、他人であるはずの助産師が、こんなに一生懸命、我が子の無事を祈り取り上げようとしてくれている。なんてことだ。なんて、素晴らしいことなのだ。
何度も感極まり、涙をぬぐい、妻の手を握りしめた。互いに強く握りあった。ふー、ふー、と息を吐く。それにあわせて私も息を吐いた。上手ですよ、おかあさん、と助産師が言う。
おかあさん。
「しょうちゃん、がんばるね」
妻は声を絞り出す。ふー、ふー、呼吸を繰り返す。ふー、ふー。
「ああ、がんばれ、大丈夫だ、がんばれ、がんばれ」
いったいなにが大丈夫なのだ。知らない。しかし、大丈夫だ。あんなに立派な頭が見えて、こんなに頑張っている妻がいる。ちいさな命を大切に想う、なによりも心強い助産師がいる。なにもできない父だけど、応援しかできない父だけど、それでも、最高のチームじゃないか、真利亜。世界で一番の、チームじゃないか。
「おかあさん、あと五回くらいで出しましょう。上手ですよ」
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