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痛みに耐える妻は目尻を真っ赤に染めて、唸り声のような息を吐き出し、ひたいをベッドに擦りつけた。背中をさすっていた私の手をつかみ、強く押して、と言う。絞り出したような声だった。強く押す、とは、どうするのが正解なのか分からない私に、助産師があいだに入り、こうです、と両手の親指で妻の腰を押した。
「もっと強く」妻が言う。助産師が、私に視線で合図する。
ベッドの上で前屈みに蹲る妻の背後にまわり、腰に親指をつけた。少し、押す。もっと。妻が言う。慎重にちからを込める。
「もっと」妻が声を絞り出す。腰を押す。
「もっと強く押して」
「だけど」
「いいから、もっと強く!」
そうは言ったものの、これが私の持てるちからすべてなのだ。ほとんどの体重を、妻の腰を押す親指に載せている。互いの骨が折れてしまわないかと恐れた。妻は息といっしょに声を出し、忙しなく行き来を繰り返す数人の助産師に、ついに、ついにいよいよか、と予感した。
「もう、出したいです」妻が言う。出したい、何を。こどもに他ならない。
看護師が下肢を窺う。
「子宮口、四センチ開大です」
分娩室にうつりましょう、と促され、妻は僕に見向きもせずに分娩室へと向かった。置いてけぼりにされた気分で、その後を速足で追う。
妻が分娩台に上がってからは、もうとにかくすべてが目まぐるしかった。
分娩室は蒸し暑く、むわりとした空気に目をしばたいた。妻と助産師が汗をかきながら髪を振り乱している姿は、想像していた穏やかで幸福な出産とはまるで遠くかけ離れていた。
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