3人が本棚に入れています
本棚に追加
「が、がんばれ」
なにもできず、私はほんとうになにもできず、しかし自ら分娩台にのった妻に握られた手だけは離さなかった。
「痛い!」
妻が叫ぶ。痛い、痛い。がんばれ、私が叫ぶ。きっと普段なら、無理をすることはない、と慰めているところだろう。痛くてつらい想いをする必要なんてないんだよ、きみはじゅうぶん頑張っている、と、余裕をもった年上ぶって、先輩風のようなものを吹かせているのだろう。けれど今はそれができない。がんばれ、がんばってくれ、と懇願に近い励ましの言葉を繰り返すことしかできない。
一瞬、静けさが訪れる。妻の表情が少しだけ弛んだ。
「おかあさん、息を吐いて」
妻の脚の間に立っている助産師が言う。そして分娩台の横に待機していた助産師が、ふー、ふー、と声を出して呼吸を促す。妻は小刻みに頷き、目を閉じ、ふー、ふー、と息を整えた。がんばれ、呟く。声になったかは定かではない。がんばれ。ふたたび、私の手が強く握られる。私も握り返す。強いちからだった。とてもとても、強いちからだった。互いの指先は白くなり、妻が全身を強張らせて顎を引いた。
最初のコメントを投稿しよう!