3人が本棚に入れています
本棚に追加
たっぷりの汗をかき、真っ赤に染まった顔には涙が流れていた。眉を寄せ、歯を喰いしばり、獣のような埋まり声をあげる。見たことのない妻だ。普段と違って、ちっとも穏やかでない。ちっとも穏やかでないけれど、だれよりも強く美しい、私の愛する妻だ。
「ああ!」
妻は泣いていた。痛いと叫び、何度も大きく頭をふり、痛い痛いと泣き叫んだ。私にはなす術がなかった。なにもできなかった。協力なんて、なにもできない。不甲斐ない夫で、頼りない父親だ。大切な私の家族が、こんなに苦しんでいるのに。
細長い妻の腕がのび、私の首に回される。私は前のめりに倒れ込み、そのまま妻を抱き締めた。いたい、と言う。がんばれ、しか言えない。ばかみたいに、それしか言えない。がんばれ、がんばれ、がんばれ、がんばれ。
そんなことが、何度も、何時間も続いた。妻の息はすっかり上がりきっている。汗と涙と鼻水で汚れた妻の顔に乱れた髪の毛がはりついて、それをタオルで拭ってやって、ペットボトルの水を飲ませる。終わりの見えない陣痛の、わずかな合間だ。長く何度も繰り返す痛みの、ほんの束の間の休息。妻が薄く目を開けて、うろんな瞳のまま肩で呼吸をする。何も言えなかった。ただ、汚れた顔を拭い、ひたいから頭を撫で、水を飲ませる。それ以外に、私はなにをしてやれるのだろう。想像を遥かに超える妻の痛みの、たった半分も、私は引き受けることができないのだ。
最初のコメントを投稿しよう!