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小林、と。目の前に座る私立探偵様に声をかける。きちんとしたスーツを着こんだ小林が、メガネの奥で怪訝そうに目を細めた。てっきり俺の機嫌が悪くなったと思っていたのだろう。別にいいわけでもないけれど、悪くもない。ただ、自然の摂理だと思うのだ。生きて入れば時間が過ぎるし、それによって記憶も薄れていく。それが悪いことではない。人は忘れないと生きていけない。いつまでも重たくて、苦しくて、血を吐き出しそうな思いを抱えるわけには、いかないのだ。
それでもな、小林。お前には多分、俺の気持ちはわからないよ。
「小林……俺はさ、多分、あの日々が一生続くと思っていたんだ」
「あの日々?」
「そう。俺と、お前と……それから、あいつがいた、あの日々」
思い返してみれば全てが楽しかったわけじゃない。大学の授業は大変で、俺は特に課題が多くて、法学部だった小林は試験がえげつないと言っていた。試験も課題も山積みで、しかも将来のことについても考えないといけなくて、どうして俺たちは今を生きているのに、未来のために時間を犠牲にしているんだと憤ったこともある。
それでも、楽しかった。本当に楽しかったのだ。安酒を飲みながら夜を明かしたことも。寝不足なまま講義に出てノートをぐしゃぐしゃにしてしまったことも。文学部のあの子が可愛いと言って、ナンパの手伝いをしたことも。どれもが、キラキラ輝いて、楽しかった。
「でもさ。一生続くものなんてないんだなって。あの日わかったよ。自分たちの力じゃどうしようもないことは平気で起こるし、それに対抗することなんてできっこない」
「……増田、君はたまに悲観的になるね」
「根っこが悲観的だから、楽観的に生きようとしてんのかもね」
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