14時46分

4/5
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「櫻井に」 「ああ。櫻井に」  かつん、とグラスを合わせる。小気味好い音がした。それから一気に琥珀色のアルコールを飲み干す。氷と混ざって薄くなった味は、喉も胸も、焦がしてはくれない。でも、そのうっすらとした優しさが、生ぬるさが、俺たちの過ごしたあの日々のようで。  どうしようもなく、泣きたくなった。 「憎む相手がいないというのは、難しいものだな」 「そりゃなぁ……なんであの時、実家に帰ってたんだって。それくらいしか言えねぇよ。言う相手もいねぇけどさ」 「でもあいつらしいよ。婚約者をかばって流されたとか。そんなことをしても彼女は一生傷を負っていくというのに」  小林はじっとグラスを覗き込みながら氷を回していた。細くて長い指が、氷をなぞる。 「……本当に、ばかだ。大馬鹿野郎だよ、櫻井」 「本当だな。でもそんな大馬鹿野郎だったから、俺たちは一緒にいられた。だろう?」  目尻にうっすらと溜まった涙を拭って、小林は崩れるように笑った。そうしてまた乾杯をして、もう味も香りもほとんどなくなってしまったウイスキーを、一気に飲み干した。     
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!