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「櫻井に」
「ああ。櫻井に」
かつん、とグラスを合わせる。小気味好い音がした。それから一気に琥珀色のアルコールを飲み干す。氷と混ざって薄くなった味は、喉も胸も、焦がしてはくれない。でも、そのうっすらとした優しさが、生ぬるさが、俺たちの過ごしたあの日々のようで。
どうしようもなく、泣きたくなった。
「憎む相手がいないというのは、難しいものだな」
「そりゃなぁ……なんであの時、実家に帰ってたんだって。それくらいしか言えねぇよ。言う相手もいねぇけどさ」
「でもあいつらしいよ。婚約者をかばって流されたとか。そんなことをしても彼女は一生傷を負っていくというのに」
小林はじっとグラスを覗き込みながら氷を回していた。細くて長い指が、氷をなぞる。
「……本当に、ばかだ。大馬鹿野郎だよ、櫻井」
「本当だな。でもそんな大馬鹿野郎だったから、俺たちは一緒にいられた。だろう?」
目尻にうっすらと溜まった涙を拭って、小林は崩れるように笑った。そうしてまた乾杯をして、もう味も香りもほとんどなくなってしまったウイスキーを、一気に飲み干した。
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