マヨヒガの部屋

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 街の怪しい不動産屋から、一月だけのお試しレンタルと言うことで借りたその部屋は、国分寺駅北口を出てすぐの再開発地帯の脇にひっそりとあった。  とにかく私は上京したくて、何でも良いから就職して東京に出てきたのだけれど、手付金もちゃんと支払って押さえてもらっていたはずの部屋が、何の手違いか別の人で埋まってしまっていたのだった。駅からは少し遠いけど、壁紙クロスを変えられる、最近はやりの人気の部屋だったのに、いざ入居しようとして約束の日に不動産屋へ行ってみると、その部屋はもう埋まっていますね、と言われたのだ。  家具付の部屋だったせいか、家から送る荷物もなくて、キャリーケースを満杯にしてきたのがあだになった。もういいです! と言って不動産屋を飛び出したはいいけれど、重たい荷物を抱えて東京砂漠の路頭に迷うことになってしまった。代わりの部屋をすぐに用意……とか、そこまでは聞こえていたのに、あーあ。どうして私はそうやって直情的に行動してしまったのだろうか。  どうしよう。しばらく、住むとこ。  車のテールライトや人混みが私を追い抜いていく。どん、と誰かにぶつけられたキャリーケースは、派手な音を立ててアスファルトに倒れて転がった。ああ。大事にしてきたキャリーなのに、盛大に傷がついちゃう。  涙目になってキャリーを起こして顔を上げると、私の目にとある広告が飛び込んできた。即日入居可! 駅近広々物件! 家具家財付! 家賃は……むむ。おや、お安い。これは掘り出し物かも知れない。  私は、その張り紙の隣に張った怪しげな不動産屋のドアを開けた。普段なら絶対あり得ないけれど、迷っている暇なんてなかったんだと思う。その不動産屋の陰気なおやじが言うには、この部屋の賃貸期間はひと月だけ。なので住んで貰えれば家賃は不要で、その代わりひと月で必ず出て行って貰うとのことだった。  いまはやりの事故物件か、と一瞬疑い問いただしてみたけれど、そんなことはない、それは保証する、と言われた。それなら、今日の住処にも困っていた私だ。選択肢なんてなかった。掃除はいき届いていると言うし、即日入居を決め、私はぎゅうぎゅう詰めの中央線に乗って国分寺へと降り立ったのだった。  *******
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