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「麦野駅の現場にデータを持って行ってほしい。鋼材がダブらないように、搬出した数量を確認しなくちゃならないんだ」
「わかった。……俺が行く。翠はまだ眠っているんだ」
そう応えて、電話を切った。光沢のある傷まみれのブーツに足を突っ込む。
ふとシューズボックスの下に、何かがあるの発見した。古い箱だった。中を開けると自分のものではない男物の靴が入っていた。
まだ残っていたのか、と目を吊り上げた。元旦那のものはすべて棄てたはずだったが、見落としていたのだ。
「……」
箱を掴み、ブーツを履いたままどかどかと床を歩き、ゴミ箱にぶちこむ。
母親の病状が重くなって、翠が心労で憔悴すると、元旦那は自分への関心が薄れたことに拗ねるようにし、家を出るなどと言い出した。
俺は家を訪れて、翠の同僚と名乗って中へ押し入るようにした。
旦那は正体不明の男である俺に向かって顔をひん曲げた。そんな旦那を押し退け、家に無理矢理入り込んだ。
そして「お調子者」を演じ、仕事の長期休暇を取って煙に巻くように居座る時間を長くしていった。
そのまま夫婦のねぐらに住み着き、翠の代わりに家事をした。
一方で、旦那には離れていかないよう説得した。
──しかし。
結局、旦那は俺と翠の仲を疑って出ていった。
翠の母親が亡くなる半年前のことだ。
頼りない男だったからそれでいい、と俺は内心ほくそ笑んだのだった。
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