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月百千はベニヤ板をギイギイ踏んで外に出た。俺もゆっくり後をついていく。
相手が振り返ってこっちを見たので、眉をあげた。
月百千は立ち止まって、ユンボ用の冷たいシャベルを眺めた。それから、その古木色の額に皺を寄せた。
「あの駄菓子屋のおかみはどうなった?」
俺は、口を噛みしめ低く告げた。
「まだ、何も──」
籠らせていると、相手は聞く。
「通行人に助けを求めなかったのだろうか?」
「求めたようだが……、可哀想に。病気のせいでもう言葉もつっかえつっかえだったから」
すると、月百千はだんまりをしばらく続けた。
「進行性の難病だと、翠から訊いた……」
俺は頷く。
「ああ」
月百千は暫く黙っていた。
やがてバラストを踏んで進み、缶コーヒーをちびりと啜って息を吐く。小さな雨粒のした、背をたわめて歩き出した。
俺も静かにあとに続いた。
黄色い海原に似たあふれる空気が対流している。流れに逆らい老朽化した立体駐車場のゲートをくぐる。
傷んだエレベーターの扉が見えると、月百千は手を出しせがんだ。
「煙草をくれよ」
俺は真っ直ぐなほうのベヴェルをやって、エレベーターの昇降ボタンを押した。
月百千は奥歯で一度噛み、また口から離して眺め、甘いな、と顔をしかめた。そして訊いた。
「どうして女物の煙草なんか、吸っているんだ」
俺は応える。
「女好きなんでね」
すると、目を三日月型に細めた。
「嘘だ」
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