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峯さんが消息不明になったと知った翠の動揺は、ひどいものだった。
深い傷を持つその心にとって峯さんが唯一の心の支えだったからだ。
翠に微笑む峯さんの柔らかな声が、渦巻く。
──だいじょうぶよ──
峯さんは、毎日、翠の背を撫で、言い聞かせていた。
36歳を過ぎて初産を迎える翠は、その声をきくと落ち着くと言った。自分の母親と峯さんを重ねあわせていたのだ。
翠が記憶を無くした理由。
──それは翠の母親だ。
六ヶ月前に母親が療養所で急に亡くなったのをきっかけに、翠は過去の記憶を失った。さいわい、失った記憶は断片的で、日常生活を送るのにも仕事をやるのにも問題はなかった。
しかしどんな風に生前の母親と過ごしていたのか、ほとんど思い出せずに居た。
それだけではない。
──俺とのことも忘れてしまっている。
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