53人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
病室には、規則正しい機械の鼓動が満ちていた。人工呼吸器につながれた少年の表情はおだやかだった。すっかり筋肉の衰えてしまった少年の手を田中は握った。指先を一本一本優しく動かす。毎日、一時間。個室の開け放たれた戸口から、看護婦詰め所の世間話が聞こえてくる。
「あの子意識のない友達の指のマッサージにまた来てる。えらいわ」
「脳死の人がお母さんのマッサージで目覚めたって言うけど電脳自殺にきくのかしら」
いつか少年が目覚める奇跡を願って、田中は少年の指先のマッサージを続ける。
「中田ぁ。俺、今日も負けちゃったよ。おまえがいないと勝てないよ」
悔しく、あついものがこみ上げてくる。あの日のことを忘れたことなどない。
リトルリーグ、決勝前日。
準決勝を難なく勝利したあの日。決勝への高揚感に酔いしれていたあの日。
「なあ、このあたりにまだ誰も採掘してない廃材区域があるらしい。なんかすげえボスがいるとか」
田中は、中田との最後の会話を思い起こした。
あの日だ。あの時、どうしたら、中田を救えた?
インタラバトルでは、マイニングという素材集めが大事だ。空き地やビルの影、木々の梢。いろんなところにマイニングポイントがあり、採掘をする。素材には、ランクがあり、優れた武器やパーツを作るのに欠かせない。誰も採掘したことがない場所ほど、優れた素材に巡り会える可能性が高い。子どもたちが、公園でゲームをもって、じっと遊具の上で遊んでいる時代は終わった。子どもたちがまだ見ぬ、マイニングポイントを探して、街を探検するのだ。
「俺もう疲れたよ。やめとけよ。チートバトルなんて、明日決勝だぜ」
「ちょっとのぞくだけだから、な? 俺たちなら楽勝だって」
田中はチートはやらない。いつになく甘えたように誘う中田を田中は顧みなかった。
「もうホテル帰って寝るから、俺」
『あの時、俺がおまえと一緒に行ってたら』
最初のコメントを投稿しよう!