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SCENE2:アクシデント【伊藤 智孝】
「D1だ。気をつけろよ」
「了解」
舞台の袖に裏方として様子を見ていた伊藤智孝は、簡単な英数字でそう指示を出した。
多種芸術講演会と称したイベントで、中国の舞を踊るような衣装を身につけた玖堂有羽と山緒里紗は、扇子を手に、どこか艶やかな舞を披露しながらも、見えないように装着されたマイクで返事をする。
二人が舞台の両端に分かれた時、それは起こった。キラリと客席から光が放たれた瞬間に、空気を裂くような速さでフォークが投げられたのだ。
何が起きたのか理解するまでの間に、もう一つ今度は有羽に向かってナイフが飛んでくる。ざわつき始めた会場内だが、先程の指示により、里紗は踊りの一部のように舞いながら『D1』と呼ばれたテーブルの前に立ち、バレーボールのレシーブをするかのように両手を組んだ。
刹那に宙を舞う踊り子。綺麗に弧を描いて着地すると、有羽は持っていた大きめの扇子を広げ、テーブルにあったフォークを『D1』の喉元に突き立てた。
「おじさま、私達を味見しようとしたって無理よ」
有羽に『おじさま』と呼ばれた男のやりとりは、照明の関係から扇子に映る影絵のようだった。イヤホンを装着している智孝や里紗、男の周辺にいる人物以外にその会話は聞こえていないだろう。妖しげな雰囲気も演出の一部と思われたかもしれない。
有羽の気迫におされた男は、降参の意を表すように両手を肩の位置まで上げる。
「は、はは、冗談だ」
「私ね、今すっごくお腹すいてるの。またこんなことしたら、これでおじさまを食べちゃうよ?」
クッと少しだけフォークを突き上げると、男は顔を引きつらせながら小さく呻いた。
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