SCENE2:アクシデント【伊藤 智孝】

1/2
前へ
/20ページ
次へ

SCENE2:アクシデント【伊藤 智孝】

「D1だ。気をつけろよ」 「了解」  舞台の袖に裏方として様子を見ていた伊藤智孝(いとうともたか)は、簡単な英数字でそう指示を出した。  多種芸術講演会と称したイベントで、中国の舞を踊るような衣装を身につけた玖堂有羽(くどうゆば)山緒里紗(やまおりさ)は、扇子を手に、どこか艶やかな舞を披露しながらも、見えないように装着されたマイクで返事をする。  二人が舞台の両端に分かれた時、それは起こった。キラリと客席から光が放たれた瞬間に、空気を裂くような速さでフォークが投げられたのだ。  何が起きたのか理解するまでの間に、もう一つ今度は有羽に向かってナイフが飛んでくる。ざわつき始めた会場内だが、先程の指示により、里紗は踊りの一部のように舞いながら『D1』と呼ばれたテーブルの前に立ち、バレーボールのレシーブをするかのように両手を組んだ。  刹那に宙を舞う踊り子。綺麗に弧を描いて着地すると、有羽は持っていた大きめの扇子を広げ、テーブルにあったフォークを『D1』の喉元に突き立てた。 「おじさま、私達を味見しようとしたって無理よ」  有羽に『おじさま』と呼ばれた男のやりとりは、照明の関係から扇子に映る影絵のようだった。イヤホンを装着している智孝や里紗、男の周辺にいる人物以外にその会話は聞こえていないだろう。妖しげな雰囲気も演出の一部と思われたかもしれない。  有羽の気迫におされた男は、降参の意を表すように両手を肩の位置まで上げる。 「は、はは、冗談だ」 「私ね、今すっごくお腹すいてるの。またこんなことしたら、これでおじさまを食べちゃうよ?」  クッと少しだけフォークを突き上げると、男は顔を引きつらせながら小さく呻いた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加