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彼女の名は恵。かつては、僕の彼女だった。
恵は天使のように美しい顔と、モデル顔負けのスタイルの持ち主である。僕は初めて見た時から、彼女に強烈に惹かれていた。
僕は、共通の友人を介して恵に近づいていく。恵はおとなしく引っ込み思案な性格であったが、そこも当時の僕にとっては魅力であった。
時間をかけながら、僕は恵との距離を少しずつ縮めていく。恵は、僕のアプローチに初めは戸惑っているようだったが……徐々に、心を開くようになっていった。
やがて、僕と恵は付き合い始める。だが、当時の僕は何も分かっていなかったのだ。
恵の美しい顔に潜む、恐るべき狂気に。
恵は、僕を束縛するようになった。常に行動を監視され、一時間ごとにスマホに連絡してくる。何をしているのか、いちいち聞いてくるのだ。
その返信が少しでも遅れると、彼女はブツブツ文句を言ってくる。遠回しに僕を責めるような言葉を、スマホを通じて浴びせかけてくるのだ。
だが、それくらいならまだ良かった。
やがて恵の存在は、僕の生活を侵食し始める。いや、それは侵食などという生易しいものではなかった。
ある日、恵は何の相談もなしに、僕の家に自分の荷物を運びこむ。そして、半ば強引に住み着いてしまったのだ。
その時は、さすがの僕もキレた。なぜ相談もせず、こんなことをしたのかと怒鳴り付ける。すると恵は、しくしく泣きながら僕に言ったのだ。
「私のこと、愛してないの?」
愛してるとか愛してないとか、そういう問題ではないだろう。せめて一言、相談して然るべきではないのか。
この時、僕は理解したのだ。
恵はまともではない。
その後、僕は恵と何度も話し合った。無論、別れるための話し合いである。
だが、この会話は平行線を辿るだけだった。僕は別れたいが、恵は別れたくない……しかも、恵は僕の言うことに耳を傾ける気配がないのだ。
「私はあなたを愛してる。なのに何故、別れなければならないの? あなたを失ったら、私は生きていけない……」
僕は、心底嫌になった。もう、彼女とはやっていけない。
ある日、恵が留守の間に僕は夜逃げ同然に家を出た。もちろん、彼女に行き先は言っていない。ただただ、彼女と縁を切りたかったのだ。
引っ越した時、僕はホッとした。恵は頭がおかしいのだ。あんな女とやっていくのは不可能だろう。
だが、僕は甘かった。
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