第1章 約束

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 今日は特別な日。  君は、知らなかっただろうけれど。  入学式の直前。散りかかった桜が舞う、渡り廊下で君の存在を初めて知った。それが、十二年前の今日だった。  顎のラインで綺麗に切りそろえられた色素の薄い髪。前髪の隙間から覗く、丸みを帯びた額。すらりと筋の通った鼻。桜と同じ淡い桃色の唇。睫毛の影が落ちる、切れ長で奥二重の目。一見知的で冷淡そうにも見える顔つき。そこから想定外の無邪気な笑顔。よく通る、少しだけ高い声。  まるで引き寄せられるように、君から視線を外せずにいた。  目が離せない。そんなこと、今まで経験したことなんてなかった。だから、そのときの俺は、それが何を意味するかなんて、全く気づいていなかったんだ。  そのあと何日経っても、君を見かけるたび、姿が見えなくなるまでずっと、俺の視線は君を捉えて離さなかった。  君は、いつだって楽しそうにしていた。姿を見るたび、声を聴くたびに胸の奥が握りしめられたように痛くなった。一方で、それは少し心地良くて、不思議な感覚だった。  それが恋なんだと気がついたのは、君が友人の恋人だと知った瞬間。  言いしれない絶望と後悔、焦燥感。今さら何も言えるはずもなく、想いは静かに終わりを迎えるはずだった。なのに、自覚した想いは日ごとに、その存在感を増していった。  目の前で寄り添い、笑い合う姿を見ながら、俺は君たち二人の友人として過ごした。  卒業しても、その関係は変わらなかった。会えば、何時間も馬鹿な話をして笑い合ってた。  言えない気持ちは、悲鳴を上げていたけれど、俺はそれに蓋をし続けた。  出会ってから四度目の冬。  君は彼と別れて、この地を離れた。  俺は、君を見送ることはしなかった。できなかったんだ。会えばきっと、気持ちが溢れて、君を引き止めてしまうから。  彼と別れたのだから、言えば良かったのかもしれない。だけど、どうしても言えなかった。  なぜなら、彼と約束をしてしまったから。
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