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どこか懐かしさを感じさせる線香の匂いが、真っ青に澄み渡った空へ静かに立ち上ってゆく。
私は大きく聳え立つ入道雲を見上げて、額の汗を手の甲で拭った。
ジリジリと肌を焦がす夏の暑さも、鬱陶しい程騒いでいる蝉の大合唱も、じきに終わると思うと何だか物悲しくなる。
「……父さん、久しぶり。お盆は明日からだけど、一足先に来ちゃった」
綺麗に洗った花筒に向日葵を添えて、誰もいない墓石の前で一人呟く。
この花は、生前父がこよなく愛していたものだ。
命が全力で輝く夏に、大きく花びらを開く向日葵は、どんな時でも笑顔を絶やさなかった父にピッタリの花だと思う。
「明日は母さんと真尋も来るから、ゆっくり父さんと話せないでしょ?だから、私だけ先に会いに来たの」
墓前で腰を下ろし、両手を合わせて軽くはにかむ。
姿は見えないけれど、何となく私の近くで父が「なんだなんだ?」と楽しそうに笑っているような気がした。
――父さん。
どうやら私、恋をしてしまったようです。
……15歳の女の子に。
そんな報告を突然娘から聞かされた父は、今頃何を思っているだろうか。
多分、……いやきっと、私の父の事だ。
またあの大きな目を少年のようにキラキラ輝かせて、すごい食い気味に聞いてくるんだろうなぁ。
『おい、可愛い子か!?』
懐かしい父の元気な声が、どこからか聞こえてきたような気がして。
私はふっと、笑みをこぼした。
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