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『そもそも本気で来るなら明日、新幹線の当日券を買った方が車より圧倒的に早いと思いますよ?』
「……確かに……」
『ふふ。そんな事も思いつかないくらい、私の為に必死になってくれたんですね。ありがとうございます、塔子さん』
雛乃ちゃんはそう言ってくれたけれど、当の私は恥ずかしくて、枕に顔を埋めたまま上げられなかった。
あの子の言う通り、新幹線を使えば僅か数時間で目的地に着くじゃない。
と言うか、普通の人であれば車での移動手段など真っ先に候補から削除しているだろう。
どう考えたって無茶苦茶じゃないか。休憩も睡眠も削り、十何時間も掛けてひたすら走るとか強行軍にも程がある。
今更ながら自分があまりにもバカな発言をしてしまった事に羞恥が込み上げてきて、顔が燃えるように熱くなった。
おかしい。私はもっと冷静に物事を考えられる人間だと自負していたのに。
今の私に冷静さなど微塵もなかった。ただひたすら、あの子に会う事しか考えていなかったのだ。
……ああ、これが『恋の力』というやつなんだろうか。そうだとしたら、あまりにも恐ろしすぎるわ。
だってあの子がしてほしい事なら、どんな無茶をしたってして叶えてあげたくなっちゃうんだもの。
その時私は、ふとあの映画のラストシーンを思い出した。既に5回も観ている、例の恋愛映画だ。
どうしても理解出来なかった主人公の少年の気持ち、今なら分かる気がする。
真尋は好きな子を追いかける為に空港まで走った彼を「タクシーで行けばいい」とバカにしていたけれど、私だって今彼と同じ事をしようとしてた。
新幹線のが早い、と言われるまでそんな事全く思いつかなくて、とにかく雛乃ちゃんに会いたい気持ちだけが先行して家を飛び出そうとしてたんだ。
雛乃ちゃんの事しか頭になくて、後の事は何も考えてなかった。
……ああそうか。恋をすると人って、バカになるんだ。それはもう、世界一幸せなバカに。
「……ふふっ……ふふふふっ……」
『と、塔子さん?どうしたんですか、いきなり笑ったりして……』
枕に突っ伏したまま、堪えきれなくなって笑ってしまう私。
突然笑い出した私を雛乃ちゃんも心配そうに声を掛けてくれるけれど、私は「何でもない」と誤魔化した。
――うん。もうあの映画、6回目は観に行かなくても良さそうだ。
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