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「ちゃんと意識して下さい、って。私に一体どうしろって言うのよ……」
片桐さんの怖いくらい真っ直ぐで情熱的な瞳を思い出し、また顔が熱くなった。
触れた唇も熱がある気がする。
時間が経てば経つ程先ほどの光景が頭に浮かんでしまい、私は両手で顔面を覆い隠して天を仰ぐ。
もう何か、色々恥ずかし過ぎて死にたい。
そもそも触れるだけの軽いキスで、良い年した女がここまで取り乱すとかどうなの……。
……だけどきっと、あの子は本気だった、と思う。
そういう冗談を言うような子ではないと、私はちゃんと知っている。
知っているからこそ、尚更どうしたら良いのか分からないのだ。
「……明日の午後シフト、片桐さんと二人なのに……」
こんな状況で二人きりで仕事なんて、果たして出来るんだろうか。
案外向こうは私程気にしていない可能性もあるけど、あいにくこっちはそうもいかないわけで。
明日の事を考えて、私はため息を零して俯いた。
……俯いた時、見えてしまった。
先ほど片桐さんに迫られた時、滑り落としてしまったスマホが。
「…………あれ。これまだ通話切れてない」
拾ったスマホの画面には、母の名前と電話番号がしっかりと映っている。
とても、……とっても嫌な予感がした。
私は何も見なかった事にして、通話終了ボタンを押す。
流れるようにそのまま電源ボタンを長押しすると、画面が暗転。それをカバンの奥底に封印する。
心臓がドッドッドッと鳴っている。
先ほどまでの、片桐さんと二人きりだった時とは全く違う鼓動。
嫌な汗が一筋溢れたが、私は何とか自分に言い聞かせてこの事は忘れようと誓った。
……さっきの話、母さんに聞かれてない……よね……?
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