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「ちょ、ちょっと片桐さん!?」
「…………」
背中に抱きついたまま、彼女は何も言おうとしない。
だた温かい感触だけがジワジワと伝わってきて、更に心臓がうるさく騒ぐ。
頬をすり寄せられているんだろうか、背後から私の腹部に回された片桐さんの手に、軽く力がこもっていた。
「……誰にもあげないんだから」
ポツリと、暗闇に消えてしまいそうな程の小声でそう呟く彼女。
そしてすぐ背中に、熱い何かが触れる感触がした。
「っ……!?」
その熱いものがハッキリと片桐さんの唇だと気付いた瞬間、私の思考は完全に停止してしまう。
軽く押し当てるようなキスだったのに、彼女に触れられたその場所はまるで火傷したかのような熱を感じたのだ。
チリチリと、内側にまで侵食するような熱。
「……ごめんなさい、帰りましょう」
暫くして、すっと私から離れる片桐さん。
呆然としている私に、彼女は後ろ手を組んで笑っていた。いつもと何ら変わらない、綺麗な笑み。
それなのに、どうしてだろう。
私は綺麗よりも先に、怖いと感じてしまったんだ。
そういえば昨日も、この子の笑顔に背筋が凍ったような……。
(……やっぱり、疲れてるのかな)
きっとこの違和感は、昨夜の寝不足のせい。そうに違いない。
私は半ば無理やり自分をそう納得させて、一筋垂れる汗を拭う。
何となく、さっき片桐さんの言った言葉が脳裏をよぎった。
――私の方こそ多分、店長が思っているような子じゃないですよ。
……背中に残る小さな熱は、暫く消えてくれなかった。
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