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(しかしまあ、たった数時間でよく買い込んだものだ)  半ば感心しながら持ち上げた大量の紙袋の中身は、今夜着ていく服の候補と、客人に渡す土産物だ。  服は、ショーウィンドウを見てテキトーに入った店で、ベテランの風格を感じさせる店員に見繕って貰ったものを片っ端から買い求めた。  だから、その内容も、何着あるのかも把握していない。  スーツ一式(礼服では流石にない……と思う)を買ったのはテーラーバッグで一目瞭然だし、これだけは自分で選んだ記憶もあるのだが、それを除いても、中身の詰まった洋服屋の小洒落た紙袋の数があまりにも多過ぎる。  こんなに嵩張るのなら、真面目に厳選すべきだった。  大量の荷物にうんざりしながら洋服屋を出た後は、客人への土産になるような菓子折りと特産物を買い求め、今は今夜飲む分の酒を見繕っている最中だ。 (しかし、本当に、服も土産物もこれで良かったのか?)  過去、ゆづるさんの家庭教師をしていた時に、彼女の親から食べ物や酒を勧められていたので、その嗜好はある程度把握している。  今回はそれを基に色々を見繕ったのだが、イマイチ相手のお眼鏡に適う自信がない。  両腕に掛かる荷物の重みを意識する度に、気が重くなる。  そして、服や手土産だけでなく、この心許なさをも含めて、人付き合いの苦手な自分が柄にもなく彼らの機嫌を取ろうとしているのが顕著にわかり、我ながらその小賢しさに笑えた。 (こういう付き合いに関することを頼れるのは、愛想のいい文緒なんだがな。いかんせん、奴は現在進行形で傷心モードで使い物にならん)  まったく。今、自分の腕に掛かる阿呆のように重い荷物も、文緒が助言をくれればいくらか軽減できたのかもしれない。  そう思うと、奴のトラウマを引き出すような余計な一言を言うのではなかったと反省した。 「そんな情けねえ面すんなって、兄ちゃん! この秘蔵の酒を持っていきゃあ、相手もイチコロだって」  どういうわけか、こちらの心許ない心境を察したらしい店主の爺さんが、私の肩を叩きながら酒瓶がズラリと並ぶレジ台を指で指し示す。  まさか、これ全部買わせるつもりじゃないだろうな? 「イチコロって、ヤマタノオロチ退治に赴くわけじゃないのですが」 「なに言ってんだ。相手が大蛇だろうが、おっかねえ親父だろうが、イイヒト娶りに行くのに変わりやしねえよ。良い酒がありゃあ、相手も気がよくなるって相場が決まってんだ」 「はあ……って、娶りに?」  店主の発言から、どうやら彼は私の様子を見て、彼女の親元に結婚の挨拶に行くとでも推測したらしい。  道理で、良い酒ばかり並べ立てるわけだ。 (よりにも寄って、娶りに、とは)  なんだ、違うのか、と呟く店主を後目に、こちらは娶るという言葉を頭の中で幾度となく反芻する。 (娶る……娶る。ああ、そうか、私は――)  ここにきて、自分はひとつ、重要なことに気が付いた。
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