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 今日一日、ずっと、自分自身がどこかしらおかしいことは自覚している。  ことの発端が、恋人の告げた特別という言葉の意味を予想したところからだというのも、わかっていた。  ほんの少し論点から外れるが、私は、今も昔も、自分を含む人への関心があまり持てない人間だ。  必要に迫られない限り、面倒だからと人付き合いも極力避けてきた。  朴念仁で偏屈者。  よく、他者よりそう称されていた私に分け隔てなく接し、自分からも慕う人など、これまでの人生に於いて、決して多くない。  ゆづるさんは、そんな人達の中でも極めて特別で、大切な存在だ。  彼女の為になるのなら、なんだってする。  彼女以外の人間がどうなろうと、自分が相手にどう思われようと、どうでもいい。  ずっと、そう思っていた。  そんな私の価値観の中では、彼女の肉親でさえもやはり、わりとどうでもいい部類の人間に過ぎないのだ。  それなのに、彼女から今日は特別な日であると聞かされ、その示すところが彼女の親の来訪であるかもしれないと予想した時、当惑しながらも、彼らをもてなさねばという強迫観念じみた心理が突如として生じた。  どうでもいいと思っていた筈の彼らの存在を気に留め、気に入られようと街を奔走する自分が、ずっと不思議でならなかったのだ。  だが、ひょんなことから耳にした"娶る"という言葉により、やっと悟った。 (私は、思いの外強く、彼女を伴侶にしたいと感じていたんだな)  将来、自分が彼女の親にとっての婿という立場になるのなら、彼らとはなるべく良好な関係を築くに越したことはない。  そうすることで、円滑に彼女を娶ることが出来るだろうし、家族が円満ならば、それは彼女の幸せにも繋がる。  かの人達と今夜会うかもしれないと思った瞬間から、私は無意識にそのように打算して、まるで突き動かされるように動いていたのだ。  そして、自分の望みに気付いてしまった今、あるひとつの決意が生まれ、覚悟を決めた。 「すみません、この秘蔵の酒を二本、包んでください」
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