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「おやすみ。また、明日」  軽く手を上げて見せてから背を向けて、もと来た道を戻っていく。もちろん出るのも裏口だ。表札のかかった表側の門に比較してかなり控えめに造られた通用口を出て、和真は小さく安堵の吐息をついた。今夜もまた自分を抑えきれたという安堵である。  毎夜毎夜忍ぶように深青の部屋へ赴いて口づけを交わす和真だが、その実、二人は恋人同士というわけでは決してなかった。単なる幼馴染だ。さらに言えば、この夜の逢瀬はお互いの家族公認のものであったりする。こそこそと裏口から忍びこむのは、堂々と玄関口から娘の唇を奪いに参上するほど厚顔にはなれない和真がそうさせてくれと願い出た結果のポーズでしかない。  ここまでして和真と深青が毎夜毎夜口付けをせねばならないのは、主に深青の側に事情があった。 ***  時を遡ること五年。  その日和真は、成長途上の深青の身体がはあはあと苦しげに呼吸を繰り返す音をじっと聞いていた。彼女の小さな手を、あまり大きさの違わない自分の手で包み込む。触れた部分から伝わってくる熱が、深青の苦しさを主張する。     
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