第一章 遺伝死

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 俺が、空いている席に座ると、横に見知らぬ顔があった。随分と存在感のない人で、今まで気付いていなかった。 「……こちらの方は、どなた?」  小柄の男性で、見ると朱火定を食べていた。もしかして、氷渡と八重樫は悩みを聞いていたのかもしれない。  ここ、喫茶店ひまわりの朱火定は、ひまわり特製朱火スペシャル定食という名前なのだが、略して朱火定と呼んでいた。朱火定は、普通の定食が売り切れた時に出て、残り物を全部乗せたような定食で、限定一個になっている。  元は俺達のルールで、新人同士で悩みが尽きないので、皆で言い合っているときりがなく、喫茶店ひまわりの最後の定食を食べる人の悩みを聞くとしていた。それが、他に尾ひれがついて伝わってしまい、朱火定を頼めると、悩みを聞いて貰えるとなってしまっていた。 「下田さんで、こちらの世界で会社員をしているけど、壱樹村の住人だよ」  下田は車の整備士で、販売員もしていた。 「珍しいですね。整備士は、車検などで忙しいのではないですか?」 「会社の方針だよ。自分で売った車が、廃車になるまで面倒を見る」  整備を担当することで、売ればいいという精神を無くすらしい。車を購入した客のその後を見ることで、来た客の車の好みや、欲しいものもわかるようになるらしい。 「しかし、深夜ですね……」  俺は眠いのだが、下田は話しをする気らしく、食べるのを止めた。 「ここでは迷惑ですよね……」  厨房の電気は、志摩だけになっている。志摩も仕込みが終わっているようで、俺に手を振っていた。 「そうだね。上月の家に移動しようか……」  どうして、こんな時間になったのかというと、氷渡も八重樫も、俺とそう変わらない時間に帰って来たらしい。それまで、下田が待っていたと知り、無下に帰せなくなっていた。 「随分と待たせてしまったようで……」 「それは……いいのです。私は、直すのが好きでして……前にガス屋もやっていましたし、修理もしていました。待ち時間に厨房を直していましたから……」  どうも、待っている間に、喫茶店ひまわりのガス製品で調子が悪かった、コンロなどを直してくれていたらしい。古くなったパーツも、前の職場から安く購入してきて、付け替えてくれていた。  確かにこれでは、帰れとは言えない。 「俺の家にどうぞ……」
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