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喧嘩の発端は、日向の作ったシフォンケーキに添えるクリームの砂糖の分量だった。甘い物に目がない日向が用意するクリームは、ケーキの甘さだけ分だと思っている葵にはくど過ぎた。
クリームの入った二つのガラスの器が乗ったトレイを手に、日向が台所から戻ってきた。ソファの脇のテーブルにぞんざいに置くと、銀の匙が器に当たって涼やかな音がする。
そんな所作も、立ったまま相手を見下ろす行儀の悪さも、少年には似合っていた。
片方の器から一匙掬い、日向は不遜な顔をして相手の口元に手を突き出した。それを見上げた葵が愉快そうに眼を細める。その余裕そうな様子に日向が口をとがらせて言った。
「砂糖の少ない美味しくない方!」
葵が唇を開きゆっくりと匙を口に含んでゆく。楕円の窪みを全て咥内に収めながら視線を上げて日向を見上げた。
綺麗だ…葵の艶やかな微笑みにきゅっと心臓の動きが変わるのを感じた日向は、それを悟られない様にわざとつっけんどに言った。
「何?」
少しイラついた声に、おや、とでもいうように葵の瞳が見開かれる。目を伏せて顎を引き、匙を口から離すと、引き抜いた銀の曲線の先と唇の間に一瞬糸が張り、ぷつりと切れた。
「日向の顔見ながら食べると味が分からなくなる」
ソファの上で肩を揺すり、こらえきれない様子で笑い出した。
「じゃあ見ないで!次、いつもの分量の!」
もう片方の器から乱暴にクリームを掬い取って突き出そうとする手を葵がそっと押えた。
「砂糖が少なくても美味しいから、日向も味見してごらんよ」
口の中にクリームを残したまま上を向いた葵が舌を出した。
「ずるい…葵はいつもそうやって自分のペースに持ってくんだ」
悔しそうに揺れる大きな瞳。
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