僕らは静かに

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 葉桜の色の瑞々しさは傲慢ささえ感じるほどで、その緑色が自分の肌に染みこんでこないかと不安にすらなる。大型連休の騒々しさも過ぎ去り、静かな町並みに風の音だけが響く。僕は足音を立てることさえ気が引けて、誰もいない商店街を忍び足で歩きながら、目的の店に向かった。  大通りからコンビニのある交差点を左に曲がり、カラオケボックスや居酒屋の並ぶ路地を進み、突き当たりを右に折れる。見知った店が次々に閉店していくなか、目指していた喫茶店は今も変わらず営業していた。  外から店内をのぞき込み、待ち合わせ相手がまだ来ていないのを確認する。腕時計を見る。約束の時間にはまだ十五分ほどあるが、先に入っていることにした。 「呼び出された側が先に着いているというのは、どうなんだろう」  そう自問したのは、眠たげな顔のマスターにコーヒーを注文したときだった。まあ、いいだろう。  奥の、外から見えやすいであろうテーブル席に座る。  スマホの電源ボタンを押す。ホーム画面に触れかけた指が止まり、それから何をすることもなく画面を消した。  鞄から文庫本を取り出すが、表紙を見ただけで鞄に戻した。     
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