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「十五分前にですか?」
「うん?」
温度のない問いに、僕は店に着いたときに確認した腕時計の文字盤を思い出す。
「ああ、そうだね。十五分前に、着いた」
苦笑して答えると、やっぱり、と川瀬栞里は冷たく微笑んだ。記憶に残る彼女の顔はいつも化粧気のない素朴なものばかりだから、手の込んだメイクに無機質な印象を受けてしまう。
「お姉ちゃんが言ってました。あなたは時間に厳しい人で、いつも十五分前行動を心がけてるって」
「そんなことを?」
震える声帯を強引に動かし、笑い声を絞り出す。
「ええ。楽しそうに、幸せそうに、あなたのことを話していました」
小さく頷いた彼女が、ふっと目を伏せた。艶やかな色に塗られた唇を力強く結んでいる。長い睫毛が震えている。きっと、付け睫毛だ。
「そっか」
たまらず目をそらす。
そうか、と胸の内で呟く。
君にとって僕は、そういう風に見えていたのか。
ちくり、と刺すような痛みを胸に覚える。その痛みはとても小さく、そして深く突き刺さってきた。
「あの人も時間に正確だった。約束の時間のだいぶ前に二人が揃うことも珍しくなかったよ。お互い、相手を五分以上待たせたことはなかったんじゃないかな」
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