理解

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 数年後、あたしが大学に進学すると同時に実家を出て間もなく、父は母と離婚し、父が家を出ていった。結局最後に取り残されるのは母さん一人だわ、と力なく笑った母には、なんだか申し訳ないやら、可哀想やら、よくわからない感情を抱かざるを得なかった。けれども、あたしはこうも思ったのだ。  きっと、父は「特別な日」を手に入れたのだろう、と。  そして今日、あたしはあの日の父と同じ「特別な日」を手に入れた。  妙に広くなった部屋を眺めながら、あたしはちょっとだけペーソスの効いた、それでいて清々しい解放感を感じている。人は独りで生きることなどできない、という言葉には確かに同意するけれど、そこで言う「人」は、必ずしも世界でただ一人しかいない存在ではないだろう、とも思う。一度拾い上げたものをもう一度手放して、また新しいものを手に入れるために、歩き出す。ただそれだけのことだ。  幸か不幸か、あたしとその存在の間に、子供はいなかった。だから誰かを傷つけることもない。あたしの母もその経験があるから、そういう結果になったと伝えた時には、やっぱり親子だねえ、なんて笑い飛ばされたほどだった。もちろん、今回のことは相手から言い出したことだし、相手の両親が悲しんでいるはずもない。 あたしは今日から、また新しいあたしを手に入れられる。それだけで十分だ。  そんな「特別な日」のはじまりは、一人分の食事の材料を買いにいくことから始まった。ようやく、あたしはあの日、父親が言っていた言葉の意味が、本当の意味で理解できた気がした。
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