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風呂からあがり、そのままおれはいつものように縁側へと向かい、両足を外に投げ出した。
風で揺れる風鈴の音を聞きながら、スイカをかじる。今日は天気も良く、きれいな月が見える。
もう一口かじったところで、どたどたどた……という音と共に、何やら慌てているばあちゃんが現れた。
「……どうしたん」
「のう、カズ。うちの眼鏡知らん?」
「……。頭にかけとるじゃろ」
「ありゃ。ほんまじゃ。……おー、よおく見えるわ」
ばあちゃんはいつものにこにこ顔で、おれの横に座った。
そのまま、「ばあちゃんにもおくれ」と皿の上に置いてあったスイカをひょいと取り上げ、しゃくしゃく食べ始める。
しばらくふたりでしゃくしゃくしていたのだけれど、ばあちゃんが突然、何かを思い出したように、「そうじゃ、カズ」と声を出した。
「なんじゃ」
「ほれ。玄関とこに、なんか箱が置いてあったじゃろ。ありゃ、なんじゃ」
「……。虫が入ってるんじゃ。あとで蔵に持ってって乾燥させるから、ばあちゃん、触らんでよ」
「はあ、また標本にするんかいな」
ばあちゃんが、やれやれ、という顔をしてくる。
おれは少しだけむっとしたけれど、でも、穏やかな口調で言い返した。
「……あれはな、ただの標本じゃないけん。おれにとって、特別な日の、特別な標本になるんじゃよ」
ばあちゃんは、へえ、そうなん、と気のない返事をしてくる。
そうして、またふたりで、何事もなかったかのように、しゃくしゃく始める。
時間は、午前0時になる。
セミの声は、もう聴こえない。
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