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『……のう』
おれの手のひら上で仰向けになっているヒグラシから、微かに声が聴こえた気がした。
おれは、「なんじゃ」と、人差し指で、ヒグラシをつっついてみる。
ヒグラシは、少しだけ足を動かして、おれの指をつかみ……そのまま、『うちは……なんで生まれてきたんじゃろうか』とつぶやいた。
『……なあ。生きてる意味なんて、本当にあったんじゃろうか。
うちは、いろんな事が怖くて、逃げて……自分の唯一の使命も、果たせんかった。
……なんの役にも立たんかった。
それでも、『生きた』、と言えるんじゃろうか』
その言葉に、おれは、ぐ、と喉を鳴らす。
「……何わけのわからん事言うとるんじゃ、このあんぽんたん」両の手に、ぎゅ、と力を込めた。
「……アホ。アホ。アホなことぬかすな。
おまえ、ちゃんと、『生きた』じゃろうが」
鼻の奥が、ツン、とする。
「怖くても、つらくても……いろんなところに行って、いろんな事を考えて、いろんなものを探して、いろんなものを見て……頑張って、ちゃんと、最後まで、『生きた』じゃろうが」
指を放して、頭を、撫でてやる。
「――おまえは、立派なヒグラシじゃ……」
おれの言葉は、届いただろうか。
目の前で、ゆっくりと、ヒグラシの足が閉じていく。
それきり、ぴたりと動かなくなった。
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